堂本剛 カバーアルバム「カバ」聴き記


「カバ」、何度聴いても違う表情が見えてくる不思議なアルバムだ。
剛さんが、想い入れとリスペクトを一音一音丁寧に曲に刻印するかのように歌っている。いろんなタイプの楽曲があるにもかかわらず、堂本剛という職人の手を経た楽曲たちは、ごちゃごちゃとした印象が一切ない清廉で端整な佇まいをみせる。


聴き終えて、このアルバムをレコードで聴きたかったと思った。昔のアルバムのようにA面とB面が意識された並びになっている気がする。レコード盤をひっくり返すあの短い時間は、A面の余韻を味わいながらB面への期待に想いを馳せるのに丁度よかった。この「カバ」もその時間が恋しくなるタイプのアルバムなのだ。


「I LOVE YOU」、尾崎さんの代表曲のひとつ。誰でも聴いたことのあるであろうこの曲、今彼が生きていたらどんな風に歌っただろうかと思わず考えさせられる。柔らかな人生を慈しみ包み込むような眼差しに深い悲しみの宿るヴォーカル。


ピアノ一本で歌い上げる「Another Orion」。フミヤさんのカバーだ。剛さんの情感タップリの歌声は凍てつく冬の夜空のオリオンのようにきらめき、十川さんのリリカルなピアノがそこにゆらめくオーロラのように彩を添える。なんて言うとやけにベタなのだけど、この気持ちよさと言ったらない。


「LOVE LOVE LOVE」、これは実は私個人の想い入れのある曲なので、オリジナルとの違いに少々戸惑った。ドリカムの美和さんのが涙をこらえながら笑ってみせる切なくも凛々しい乙女心だとすると、淡々とした中に深い想いを秘める内向的で一途な男の愛を感じる剛ヴァージョン。ただただ切ない「愛してる」。


ラストの爆発的な切なさは、反則。サッカーだったら一発レッドもん「ANSWER」。恋ってこんなに切ないもんだっけ?と号泣しつつ遠い昔に想いを馳せる。「行かないで」と言えない「愛という窮屈」。これを高校生の時につくった槇原少年の感受性に平伏す。


今回特に絶賛の声高い剛版「人生を語らず」。拓郎さんにギターを習った頃のまっすぐで無垢な少年の眼差しのまま、驚くほど骨太で男臭くしかし抑えたヴォーカルでさらりと歌う。気合やリスペクトだけで歌える歌ではないこの曲が、このアルバムが単なるカバーでないことを一番明確に物語っているかもしれない。


土屋さんのギターがうねるイントロで既に悶絶、ゴリゴリのFUNKヴァージョン「古い日記」。スタイリッシュな安井かずみの歌詞がFUNKに映える上、アレンジがハンパなく超絶ひたすら最上級にかっこいい。アッコさんの「ハッ!」が、剛ヴァージョンは吐息という反則はあれど、ライヴのダブルアンコなんかで是非聴いてみたい一曲。


と、ここまでが私的A面。ギターのぎゅわわわ〜〜の余韻に酔いしれながらB面へ鼻息荒く突入。


すると待っているのは、しっとりと34歳の男の心情を歌い上げるCHAGE & ASKAの「PRIDE」。
この「譲れないもの」を頑なに守ろうとする男の姿に、剛さんの強い等身大のシンパシーを感じる。その詩はまるで彼自身のつぶやきのようにやけにリアルだ。


渋い男の歌の後は、切ないほどに優しい「はじまりはいつも雨」。剛少年が生まれて初めて自分で買ったCDがこれだった。ASKAさんの歌詞の美しさに惹かれたひとりの少年の成長の物語が聞こえてくるような、少しにノスタルジックな匂いのするアレンジに、敬愛するASKAさんの詩への彼の最大級のリスペクトが心地よく響いてくる。


他の曲と比べるとやはり初々しさを感じる、自らの処女作「優しさを胸に抱いて」。
1コーラス目を17歳、2コーラス目を33歳で書いたという2つの時間軸を持つ曲。好きな人のため自ら身を引いた17歳の恋に、「色褪せない恋に巡り合った不幸」と続け、恋を終わらせない33歳の純情に泣く。


そして、通常盤にのみ収録の「街」。深く傷ついた瞳で、それでも顔を上げて正面を見据えようとする「街」は彼のソロデビュー曲だ。今も疼く傷を抱えながら、現在進行形の闘いに身を置く堂本剛という人の原点がここにある。
「何かを守るために愛を伏せるなんて不細工だ」という美意識は今も全くブレない。まっすぐ伸びやかな歌声は確信に満ちて力強い。


ラスとは「雨恋」。通常盤の最後に唐突に「4年くらい前に作った」という新曲。大サビの叫ぶような歌声の切なさは誰にも真似できない剛ワールド。あまり歌いたくない、と普段言っている「恋のうた」。でも実は切ない恋を歌わせたら彼の右に出るものはいない。打ち込みに凝っていた頃ひとりでコツコツつくり上げたというサウンドに、剛さんの澄んだ声が一層薫り立つ。


その「街」の横に「雨恋」をそっと添えてみると見えてくる風景がある。「雨恋」は「愛を乞(恋)う」34歳の「溺愛ロジック」なのではなかろうか。愛と命を歌う剛さんの中に今もある「恋」の破片。それをあえてここに入れることは、10年前そこから始まった彼のソロアーティストとしての初心をいつまでも忘れない事の表明であり、成長を見守ってくれた全ての人々への感謝の意なのではないか。


そんな余韻に浸りながら、私的B面終了。またレコードをひっくり返しA面へ。以下エンドレス。


このアルバムは「カバー」と「カラオケ」の境界線をはっきりとさせてくれるものかもしれない。どんなに歌のうまさで定評があっても心を全く打たない「カラオケ」アルバムを作っている人も沢山いる。この「カバ」はそこに何が足りないのか、何が余分なのかはっきりと教えてくれるものだと思う。
隅々まで愛が満ちているこのアルバムをいろんな方に聴いて欲しい。


※ 初回限定盤+通常盤です。