「新堂本兄弟」 堂本剛「優しさを胸に抱いて」


遠方より友来たる。というわけで一緒にベルリンに旅行してきた。
2010年、剛さんが「ベルリン」の撮影で行った頃、私も偶然初めて彼の地を訪れ、以来そのトリコとなった。


壁が崩壊して今年で24年。旧東側もすっかりこぎれいになり、建築ラッシュでクレーンの立ち並ぶベルリン。都市としての大きさではロンドンやパリに到底敵わないけれど、そこに暮らす人々のベルリンという街へのプライドや愛情が、自由でアーティスティックな空気と相まって独特の雰囲気を醸し出している。傷跡がまだそこここに見られる歴史に翻弄された街は、異邦人を自然に受け入れてくれる居心地のよいコスモポリスでもある。
少しだけれど、撮った写真をInstagramのアカウントににUPしているので、よろしかったら。http://instagram.com/39blanc/


と。そんなわけで忙しくてこの1週間全くの「剛絶ち」。遅ればせながら先ほど前回の「新堂本兄弟」を観て・・・涙目剛にガチもらい泣き。この後、コーイチくんに「ありがとうございました」と頭を下げたんだと思ったら、つい。隣の部屋から夫が「なんだなんだ」と走って来る。すいません、なんでもないです。


17歳で書いた1コーラス目の歌詞と33歳で書いた2コーラス目の歌詞。そのコントラストが堂本剛というひとりの男の過ごした16年という月日を物語る。
彼はいつも「愛」を歌う。利己的な恋に対し、利他的な愛。告げることで相手を傷つける恋より、告げずにいる愛を選ぶ。
ただ、恋というものは突然降りかかって来るものであり、気がついたら落ちているものだ。それが叶わないものとわかっていても、コントロールすることは不可能。
では、叶わぬとわかってもなお募る恋心をどうするか。「色も褪せない恋にめぐり逢えた不幸」をどうクリエーションに昇華していくか。そこから紡がれる剛的「あらかじめ失われた愛の世界」は果てしなく切なく、密やかに狂おしい熱を秘めている。


この曲に関してこれ以上語ることは、私自身がせっせと小さなピースを集めて作り上げてきた堂本剛という人に関する妄想のど真ん中になだれ込んで行くことになるのであえてやめておく。おばちゃんにも理性はある。


この他にも拓郎さんのラジオで、「人生を語らず」がフルOAされたということで早速それも聴いてみたけど、これがまたとんでもなくて。既に特設サイトやラジオで紹介された曲も含め、「カバ」は1曲1曲がまるで別人のような印象。
shamanipponを名乗ることは伊達ではなく、本当に彼は歌うことで「降ろす」「入れる」「呼ぶ」etc.、おそらく自らの想像をも遥かに超えた巫女的力を発動してしまう人なのだ。時空も楽々と超え、自由自在に自分を「センシティヴ」という言葉では済まないところにFIXできてしまう。おかげで曲を聴くたびに、「今彼はどこで誰なんだろう」と設定を思い巡らす愉しみがある。


今回は本当に雑誌のインタビューも多い。いただいたものなど明日からまたコツコツ読んでゆく悦楽のひととき。
ついでみたいで申し訳ないけど、コーイチくんの「MY WISH」は本気で名曲だなあと思う。初々しくない処女作っぷりにただ驚く。