河瀬直美監督@ロカルノ映画祭 ③


河瀬 : 「なら国際映画祭」(公式HP http://www.nara-iff.jp/)のこともちょっと言っていいですか?
一番最初にJean-Michelさんから言っていただいたんですが・・私は映画監督としても頑張っているんですが、映画祭も、小さいですが、奈良で立ち上げまして。
もし、ジャーナリストの方がここにいらっしゃったら、少しでもそのことを書いていただけたら、と思います。


私は奈良で生まれて育ちました。そこはもう本当に田舎で小さな町で、そして私は両親を知らずに育ちました。年老いた養父母に育ててもらう中で、「何か出来る」っということはもう夢のような話でした。本当に生きることだけで必死、だったんですね。で、そんな時にたまたまというか、偶然というか、もしかしたら映画の神様が私の前に現れたのかもしれないいんですが、映画がやって来てくれたんです。その時、映画によって私の人生が開かれていく、そんな感覚を持ちました。


そして、その映画、映像というものでもって何かの扉を開くきっかけをくれたのは、映画祭だったんです。もちろん映画館での観客と私の出会いもありますが、「国際映画祭 International Film Festival」というのは、私に世界への扉を開いてくれました。
映画祭っていうのは、全く違う文化や全く違う言語の人たちの表現がこんなに沢山集まっているのに、そこで闘うこともないし、戦争が起こることもない。違う文化、違う言語、違う考え方、違う宗教の中で、私たちは戦争という過ちや様々な悲しい出来事を起こしてきました。でも、Film Festival、芸術の世界では、違ったものを認め合い、なおかつ自分自身のアイデンティティーをもう一度見詰め直す、そういう作業が行われていると思うんですね。それは人間にとってすごく豊かなことで、それを次の世代の人に伝えたい、と私は思ったんです。


これまでは、日本という島国で、日本語が主流の国で世界の扉を開こうと思えば、自分から外に出て外国に行かなくてはいけなかったんですが、もし奈良で故郷で国際映画祭を開くことができたら、私たちの暮らす国の、これからの子供たちが、自分の国にいて、自分のアイデンティティーを持ちながら、世界の人の方がそこにやってきて交流ができる。こんなに素晴らしいことはないな!と思ったんですね。そうすることで、「日本はまだまだダメだなあ」とか「日本の田舎にいたら何も出来ないなあ」って思うんじゃなくて、「私はここにいることをとても誇りに思う!」「日本を誇りに思う!」という子供たちが沢山生まれる・・。


そして立ち上げた「なら国際映画祭」が今年で2回目で、ロカルノの直後に開催されます。9月14〜16日までの3日間しかできない、本当にちっちゃなちっちゃな映画祭。65回目のロカルノに比べれば、お金もないし、人も集まらない。でも想いだけはロカルノにも負けないと思ってますし、映画に対する想い、人間に対する想いは、私は世界のどこにも負けないと思っています。それは私の日本を愛する気持ちと、自分の故郷を愛する気持ちに比例しているんですね。
と、そんな映画祭がある、ということだけでも皆さんの記憶の中に留めていただければ、とても嬉しいなと思います。
ちょっと長くてすみません(笑)。


JMF : 子供の時から両親がいないことで非常に苦しんだとおっしゃってましたね。その苦しみは、自分が子供を産んで母親になったり、映画を撮ったりしたことで何か変わりましたか?


河瀬 : 映画を作り始めた時も大きく変わりましたが、子供を産んでからもまた大きく変わりました。
やはり、子供を産む、新しい生命を授かる、っていうのは母として人間としてその存在を大きく成長させることにもなります。自分が育てているというより、育てられている。子供との時間を通して、もう一度何かを感じること、考え直すことが沢山あります。全ての人が母に、親になるわけではないと思いますけど、親になる感覚というのは、私にとって多くのものをもう一度見詰めるきっかけをくれたことでしたし、表現に於いてもすごく大きなものを得ることができていると思ってます。
・・・・多分、簡単な言葉で言うと、それまでは自分が今ここにいる意味がよくわからなかったんですね。子供を持ってからは自分の役割を知ることができました。


JMF : 他に何か質問のある方はいらっしゃいますか?


60代くらいの女性 : 3つ質問があります。ひとつ目は「今までの人生で一番美しかった日、または瞬間はいつでしたか?」、ふたつ目は「逆に、これまでで一番悪い日、瞬間は?」、三つ目は「世界の中で、今一番何を変えたいですか?」。ご自分の人生だけでなく、映画監督としてのキャリアのことでも結構です。


河瀬 : ・・・・・一番美しい日は、何でもない日ですね。
一番悪い日・・・・・まだ経験はないですけど、自分だけの存在がこの世に、この世界に残ってしまった時。他は皆存在しなくなって。
今世界で一番変えたいこと・・・うーん・・・語り出すと長くなってしまうので、出来る限りシンプルに言いたいと思いますが、この世界はもう一度「あるがまま」を受け入れるべきだ、と思っています。(通訳さんに)あるがまま、そのまま何もコントロールしないことです(笑)・・・my Japanese is very difficult・・(笑)
このままコントロールし続けると人類は滅びると思います、確実に。


JMF : 今日はどうもありがとうございました。(拍手)


2012年8月2日 ロカルノ映画祭にて