しゃま紀行 天川村


5月に奈良に滞在した折、天河神社へ行く機会に恵まれた。このブログがきっかけで知り合った方が車で案内してくださったのだ(どうもあんがと♪)。
行こうとしてもなかなか行けないところということだったので、拒否られてもやむなし、とダメもとで挑戦した。想像していたよりは険しい道ではなかったけれど、途中の山肌に、多分去年の台風の被害であろう土砂崩れの跡が生々しく残っていたり、今も道路の補強工事中の箇所もあり、その被害の甚大さを改めて思う。そんないくつかの山を眺め蛇行する山道を行ったところに天河神社はあった。


私が勝手にイメージしていた「苔むした何百段もの石段」もなければ、「両側に杉の大木が連なる参道」もない(これは明らかに「ココロ見」熊野編の影響くさい)。山道を抜けて集落に出、清流にかかる橋のたもとの鳥居をくぐるとすぐに見えてくる駐車場に車を停めて、とんとんっといくつか石段を上がる。と、そこにもういきなり剛っさんが「縁を結いて」の詩を書いた能舞台があり、その真向かいに大きな五十鈴の下がるPVを撮った祭壇、そしてその奥にひっそりと神殿(一般非公開)がある。


大峯連山の山懐に抱かれた驚くほど小さなこの神社が、飛鳥時代から人々の「大切な場所」であったところなのだ。と、実は自分に確認したくなるほど、その簡素な佇まいが、人々の言う「とてつもないパワースポット」というより、温かな弁財天の掌に包まれる小さな祠のような印象。が、祭壇に向き合うと、何か強い重力を感じたような気がした。そこから放射されるというより、いろんな場所からそこへ向かう力。その地の持つ引力、なのかもしれない。


以前ここでも書いたけれど、この天河の五十鈴と、私が勝手に「私の人生に関わる何か」と思っている「ケルト」という符号が地下茎で繋がっているという確信なぞ、なんの特別な力もない私には持てるはずもなかったけれど、まずは手を合わせ、そこに呼んでいただいたことを感謝する。


そして、洞川温泉へ。ええ、お決まりのコースですわ。ごろごろ水を24番の給水口で汲み、鍾乳洞へ向かうトロッコを見学し(ものごっつい手作り感に驚愕)、そして「きらく九兵衛」で渓流に映える新緑を眺めつつお食事。あと、途中立ち寄った龍泉寺がとても印象的だった。大峯山の開祖、役行者によって草創された名刹で、全国修験道の根本道場で、そこに湧き出る清水で水行が行われる。
面白かったのが境内にある「なで石」。漬物石くらいの何の変哲もなさそうなこの石が、「3回撫で回しながら願い事を言い、持ち上げると簡単に上がるが、そのあと3回叩いてから上げようとすると重くて持ち上がらない」とある。「んな、あほな」とやってみると(とりあえずなんでもやってみようね)、「・・ホンマや!」。皆様、ゼヒお試しあれ。あ、それから、御朱印をお願いすると、とびきりの美坊主さんが書いてくださることも特筆せねばならんでしょう。←ここ大事。


しかし、洞川温泉は美しいところだった。昭和のかほり満載。でも全く寂れていない。道も建物も全てきれいに清められ、古い佇まいが大切に残されている。そこに住む方々の暮らしを大切にする気持ちと郷土の歴史を敬う気持ちが村中に溢れている。次はゼヒ泊りがけで、願わくば天河さんの例大祭とかの時期に再訪したいものだと思う。また呼んでね。